リーダーズVOICE! マーケティング現場レポート最前線

Action

小島 秀二郎さん

所属企業
飛島建設株式会社
所属部署
社長室 経営企画部 広報グループ
役職
広報部長
出身校
東北学院大学 工学部 土木工学科


小島さんのとある一日

04:30 起床
05:00 朝風呂/TVニュースチェック
05:30 家を出る(出勤)
徒歩時:ラジオでニュースを聞きながら
電車の中では読書
07:00 出社
新聞確認(朝日・毎日・読売・産経・東京・日経・日経産業・日経金融・日刊工業・サンケイビジネスアイ・建設工業・建設通信・建設産業・赤旗)
08:30 始業
・部員と今日の予定確認
・ホームページ(HP)アクセス確認(分析)
・HP経由問合せ確認〜対処指示
10:00〜20:00
緊急にマスコミ対応が必要になる課題が発生しない限り通常業務

○主な通常業務は「社外広報」「社内広報」「発行物制作」「HP維持管理」・・・・など。1年に1回しかないような季節的な業務も多い。
以下、部長職としてすべてに関与している。

・社外広報では、新技術開発ニュースリリースや決算発表、人事異動など広範囲な発表を行っている。また、マスコミや一般の方々からの取材依頼や問合せも広報に集中するので、案件により担当者を選定し対応を依頼する。現場見学の依頼なども多くある。

・社内広報では、定期的に社内広報誌(現在は社内イントラネットに掲載)を制作している。それとは別に、社内ニュースをトピックスとして随時社内イントラネットに掲載している。

・発行物制作では、会社案内、カレンダー、パンフレット、広告デザインなどデザイン企画から印刷まで行っている。

○業界の違いや各社の独自性により、広報の役割は各社各様である。

20:00 退社(通常時)
徒歩時:ラジオで野球を聞きながら
電車の中では読書
21:30 帰宅
22:00 夕食/風呂
自宅パソコンメール確認など
23:00 就寝
できるだけその日のうちに寝よう!!

研究開発と確かな施工実績をもとに、創業120余年の実績を重ねています。 環境と調和した安心して暮らせる社会の実現のため、事業活動のあらゆる場面で、つねに高いQualityを追求し、お客様に満足して頂き、信頼して頂ける企業を目指しています。

建設業界では老舗中の老舗である“飛島建設株式会社”広報部長の小島様にお話しをお伺いいたしました。

飛島建設株式会社

http://www.tobishima.co.jp/

小島さんの学生時代から入社までのお話しをお聞かせください

この仕事には小学校4年生の頃から着きたいと思っていました。
小学校4年の時に父親に連れられて、ダムの建設現場に行った事があったんです。その時、その建設現場の迫力に圧倒され、「将来自分もこんな仕事がしたいなぁ」と思いました。
だから、大学に進学する際も、もちろん土木工学科に進路をとりました。

大学は3年生までは、サボったりしていましたが、4年生からは真剣に学業に努めましたね。

学生時代を一言で例えると「ガキ大将」だったかな!

“地図に残る仕事をしたい”小さい頃から大規模な土木工事に興味がありましたから、大学のインターンシップとは別に、飛島建設が導水路トンネルを作っていた現場にアルバイトで3ヶ月お世話になっていたんです。その現場で知り合った、飛島建設の方に後押しされ入社しました。


夢がかなったと言うわけですね。飛島建設で過去に行った事業についてお聞かせください

入社時に、アルバイトで作ったトンネルより「もっと大きなトンネルを作りたい!」と思っていたら、入社1年目に青函トンネルの現場に配属されました。 着工から4年間掘りましたね。

この青函トンネル事業は、映画の題材にもなり、同じように建設業界に入社した大学の同級生には、大いに自慢できました(笑)

当時の飛島建設でダムやトンネルに携われると、その事業に特化していき“その分野でのスペシャリストなる”という道がほとんどでしたが、なぜか自分はその後、インドネシア、マレーシア、シンガポールに海外赴任しました。


[映画「海峡」でおなじみの世界に誇る、延長第一位の青函トンネル]


海外でのお仕事されたんですね。その際に大変だったことは何ですか?

そうです。海外では、ダムや発電所を作ったり、それに伴った工場施設の建設を行いました。 中でもシンガポールでは国内初の地下鉄の駅舎部とトンネルの建設プロジェクトを行いました。

大変と言っていいのか、言葉の問題は大きかったですね。インドネシアでは熱帯の国ですから、辞書はもちろんノートなんかでも持ち歩いたら、汗でベトベトになってしまい読めなくなってしまうんです。ですから、ズボンの太ももの部分にその日のスケジュールと、会話に必要な単語を書いて現地の作業員に指示を出していました。



飛島建設について教えてください

飛島建設が創業した120余年前、当時は土木専門の建設会社はほとんど無く、作業員を集めて工事現場に提供する人工斡旋家業が多くあった時代で、そんな中、飛島建設は城の石垣など作る石工(いしく)だった創業者「飛嶋文次郎」が、土木工事を一貫して請け負ったことが始まりです。

戦前は、ダム工事、鉄道工事、中でも水力発電では、第二次大戦前の国内保有出力の4割弱が飛島建設の事業でした。満州鉄道の建設など満州、朝鮮やフィリピンでも仕事していました。

昭和初期、ダム式発電所は海外の技術提供で建設した大井発電所1箇所しかなく、メイドインジャパンのダム第一号を作ったのが飛島建設なんですよ。

戦後、企業再建整備法の適用(財閥解体)で一時期規模縮小したが、後楽園球場や上野駅などをはじめ、羽田空港の埋め立てやアクアライン、青函トンネルの事業を手がけて来ました。現状は、仙台の地下鉄事業などを手がけています。

また、南極昭和基地の事業にも携わっていますので、南極昭和基地派遣などもあるんですよ。



[平成17年度ダム工学会賞技術賞を受賞した福島県の摺上川ダム]


飛島建設の今後の展望についてお聞かせください

今、特に力を入れているのが、社会貢献としての発想から“防災の飛島”としての展開を行っています。

災害大国の日本。地震、台風などの自然災害が起こったとき「いかに被害を少なく出来るか?」そんな減災構想を元に、120余年のノウハウで様々施設の補強工事を行っています。
これは、施設の寿命を延ばす事が出来るために、結果的には環境対策の構想にも当てはまるんです。これは“ストックビジネス”という考え方です。


「防災の飛島」とし、今後は、社会から認められる企業になりたいと考えており、大きな企業になりたいと考えるのは2の次だと思っています。経営方針(理念)は、それに尽きると思います。



学生へのメッセージをお願いします。

自分は飛島建設で、トンネル事業→海外事業→事務部門→広報部門と様々仕事をしてきました。

その中での考え方、「常に新しい場所に行ったら一年生!」これは、皆さんにも持ってもらいたいです。

それは甘えではなく、人にいろんな事を聞き、学び、勉強すると言う姿勢のことです。
自分の事で言うと、トンネル事業では仕事全般、海外では言語、人事では法律、情報システムではシステム、広報ではマスコミ対応など、その部署(その場所)ですべて必要な物を勉強してきました。

あと、仕事だけでなく人生すべての事を自分なりに考え、常に前向きに取り組み、常にクリエイティブに、そして積極性を持って行動して欲しいですね。

どこの企業でも、しり込みしていると仕事は任させません。積極性をもって取り組むとあっという間に会社の戦力になり、活躍できます。

“努力”と“辛抱”と“我慢”と“クリエイティブ”を大切にしてください。

インタビュー後記

写真

横浜国立大学1年 経営学部 山田啓博

身近な存在のようで、意外とよく知らない建設業。

その中でも最も歴史のある“飛島建設”の小島様へのインタビューは、とても興味深いものでした。

小島様が携わった、プロジェクトの大きさ、そして、それを次々とこなしてこられたバイタリティには驚かされました。また、お話しの中で、そこでの業務すべてに、誇りを持っておられるのを感じられました。

特に、海外事業に参加した際の小島様の姿勢には、自分も含めた現在の大学生が学ぶべき点が非常に多くあると感じました。言葉も通じない現場で、「いかに仕事を効率よく進めるか?」そのためのアイデアの構築と努力、改めて自分の考えの甘さを感じました。

飛島建設の中でも、様々な仕事をされてきた小島さんの「努力・辛坊・我慢」そして「フロンティア精神」を自分も持って行けるように努力したいと思います。

小島さん、本当にありがとうございました!!