リーダーズVOICE! マーケティング現場レポート最前線

Action

佐久間 周治さん

所属企業
株式会社 サンギ
役職
代表取締役社長
出身大学
慶応義塾大学


佐久間さんのとある一日

05:30 起床・瞑想
06:30 犬の散歩
07:00 料理(朝食)・片付け
08:00 その日の作戦
08:30 出勤(電車)
09:30 出社
10:00 会議
媒体プロジェクトチームとの定例会議。研究所のメンバーからの進捗報告を受ける 〜12:00
12:00 昼食
15:00 来客・打合せ
製造委託メーカーとの、次期新製品についての打合せを行う 
18:00 来客
19:00 社外打合せ
22:00 帰宅・瞑想
00:00 就寝

「志を諦めない強い気持ち」
〜“芸能人は歯が命” 誕生までの軌跡〜
サンギは、薬用ハイドロキシアパタイトイ配合歯みがき剤、オーラルケア製品の開発、販売を主事業としたメーカーである。

日本の「美白歯みがき」市場を創出した「アパガード」、誰もが知っているキャッチフレーズ「芸能人は歯が命」。これらの誕生について創業者社長の佐久間社長から貴重なお話を伺ってきました。

株式会社 サンギ

http://www.sangi-co.com/

佐久間社長の学生時代について教えてください

私の大学時代の話は何の参考にもなりませんよ(笑)

当時は学生運動真っ只中の時代で、私もまさに渦中の人間でした。
それはもう、ある種の宗教のような感覚で、お金も要らない、名誉も要らない、命も要らない、自らの理想社会を求め、ひたすらに没頭したことを記憶しています。


就職活動はされなかったのですか?

ええ、しませんでしたね。
というのも、私は肺結核を患っていたこともあって、空気のきれいな田舎で穏やかに過ごしたいと考えていたので、大学で専攻した英語を生かし
田舎の学校の教師をやろうと思っていました。



教師から起業するまでの経緯をお聞きかせ頂けますか。

千葉県の館山にある高校の教師になったのですが、学生運動に参加していたころのエネルギーを持て余していたのか、どこか物足りない毎日を過ごしていたんですよ。

そんな時、知人から「語学力を生かして商社で働かないか。」という誘いを受けて転職しました。そこで3年ほど働くことになります。
ですが、それでも自分の中でまだしっくりこなかった。
そこで気がついたんです。

「あぁ、僕にはサラリーマンは向いてないんだな。

だったら自分で会社を作って自分の好きなことをやろう。
たとえ失敗しても、好きなことをやって死ねるなら本望だな」

って。

その後、商社時代の経験を生かして、この会社を創業しました。
余談ですけど、「サンギ」という社名は孟子の三儀「天の時、地の利、人の和」から取ったものなんです。


ということは、最初は商社として創業されたわけですね?

そうです。
当時は海外の商品を日本に持ち込んで売る、というのが商社の専らな仕事でしたので、比較的簡単に創められました。ワインを売ったり、ブランド物を売ったり、色々な物を売ってきました。


歯磨き粉の事業に参入されるきっかけは何だったのでしょう?

色々な物を売ってきた、とお話しましたが、その中には「特許」などもあったんですね。
海外の特許を日本の大学や企業に売る、という仕事です。

そんなある日、人間の骨や歯を再石灰化するという「ハイドロキシアパタイト」というNASAの特許に出会うわけです。

ご存知かもしれませんが、このハイドロキシアパタイトというのは優れもので痛んだ歯や骨を元に戻してしまう(再石灰化)力を持っています。
最近ではさらに研究が進んでいて、もっと様々な効用があることが分かってきました。

なるほど。でも、商社だった御社が何故歯磨き粉をやろうと思われたのでしょうか?

それが、最初はそんなつもりは全く無かったんですよ。
ところが、「特許」というのは厄介で、「理論上は可能でも、実際にはまだ開発途上」という特許が多かったんです。
ハイドロキシアパタイトもそうでした。

国内の大学をあちこち回り、ハイドロキシアパタイトをどうやったら特許に記載されている機能を活かせるかを勉強をしているうちに、気がついたら自分たちで作れるようになった。

「あ、これなら自分たちで商品化できるな」と。
そこが始まりです。


創業まもなくビジネスチャンスを手にされたようですが、かの有名な「芸能人は歯が命」のCMがOAされるまでに17年ほどの大きな時間の開きがあるのは何故ですか

ご存知だと思いますが、日本にも薬事法という法律があります。
口に入れるものに新しい成分を混ぜるわけですから、当然厳しい審査があります。

ハイドロキシアパタイトも薬効成分として認可されないと、その再石灰化効果を訴求できません。

この業界の常識として「10年100億」という言葉があるんですがその言葉どおり、新商品が販売にこぎつけるまでにはとてつもない努力が必要なのですよ。

ええ?!100億円ですか?!その資金はどうやって集めたのですか?

今の時代のようにベンチャーキャピタルやらは無かった時代ですから銀行から融資を受けるか、自分たちで稼ぐ以外に無かったですね。

当時の私たちに、銀行がそれだけの大金を貸してくれるはずも無いですから実際には商社としてひたすら売り上げを作って研究費用にあてました。 


[ご存知「芸能人は歯が命」のハイドロキシアパタイト製品]


諦めようとは思わなかったのですか?

思わなかったですね、私は。従業員は分かりませんが(笑)

そもそも、私は幸か不幸か「10年100億」という言葉を当時は知らなかったので、「出口はもうすぐだ」と常に思っていました(笑)それに、ここまで相当の予算をつぎ込んできましたから自分の中でも「今までの苦労を無駄には出来ない」という思いがありました。

諦めなければ失敗にはならない、って言うじゃないですか。
それが17年間になっただけのことですよ。


なるほど。では満を持して、あの有名な「芸能人は歯が命」のCMを放送したのですね?

いいえ、全く違います(笑)

私たちが、それこそ社運をかけて開発した歯磨き剤の「ハイドロキシアパタイト」がいよいよ薬効成分として認められたというタイミングになったとき、 とある大手企業がハイドロキシアパタイト配合の類似商品を出すことが分かったんです。

これには本当に焦りました。

そこで打って出たわけです。
「我々がハイドロキシアパタイトの先駆者だ!」ということを既成事実にする必要がある。
 商品を売るため、というよりは「自分たちのプライド」のため、 「17年間の苦労への報い」のためだったんですよ。

ちなみに、当時の当社の売り上げは年間7〜8億だったのですがあのCMを作って3週間OAするためにかけた予算が3億5千万円。
銀行から何からありったけのお金をかき集めたわけですがお話したとおり勝算は全くありませんでしたから、
 「さぁて困った、どうやってこの借金を返すかな・・」という感じでした(笑)


その後、どうなったんですか?

忘れもしません。
1995年8月4日。

なけなしのお金をかき集めてCMを流した初日の事です。
OAが始まった瞬間から電話での問い合わせが殺到したんです。
1年かけて売るのがやっとな量が、たった数日で完売。
その後も注文が途絶えることなく、見たことも無い金額の売り上げがあっという間に積み上がっていきました(笑)

→17年の苦労が報われたわけですね。

そうですね。
諦めなければいつか必ず成功できる、ということを確信しました。


大きな成功を手にされたのですが、今後はどのような事業を考えていらっしゃるのでしょうか?

私たちはまだ思いの三分の一しか達成していないと考えています。

今後は、歯の修復材として歯科医療の現場に導入していくこととホームケアとして、虫歯にならない技術、にコミットしていきます。5年以内には達成できると思います。
それに、ハイドロキシアパタイトにはまだまだ可能性があります。

今注目しているのは、たとえば「触媒」としての効果です。

バイオエタノールに触媒としてハイドロキシアパタイトを作用させるとなんと「ガソリン」に変換することが出来ます。稲わらやサトウキビのカスなどの農産廃棄物がガソリンになるわけです。
 このように、これからも、「かたよらず、こだわらず、とらわれず」というモットーで柔軟かつ大胆な発想で、商品と市場を創出することを目指していきます。



[インタビュアーの保手濱と2ショットを頂きました]


ありがとうございました。それでは最後に、Lippleに登録している学生に向けてメッセージを頂けますでしょうか。

一言、「志を持ってください」と伝えたいです。

とはいえ、志を持つ、というのは一見とても難しいことに思えます。ですが、私は「自分の価値=自分に出来ること」なのだと思っています。

「目的を失っている学生が多い」といわれていますが皆さんはどうか、4年間の学生生活を「自分の価値を再確認する」時間に当ててください。

あなたには、あなたにしかない社会的価値が必ずあります。
その価値こそがあなたの「志」になるものだと私は思います。そして、その「志」を忘れることなく、粘り強く挑戦し続けてください。


インタビュー後記

写真

東京大学 工学部3年 保手濱彰人

「芸能人は歯が命」で有名な、アパガードの販売などを手掛けられるサンギに取材に行って参りました。
取材にはなんと創業者兼代表取締役である佐久間さんが対応して下さり、貴重なお話をたくさんお聞きすることができました!!

自分の信じた道をひたすら突き進むその姿勢と、成果が出るまで耐え忍ぶ忍耐力に深く感銘を受けました。

同時に、ハイドロキシアパタイトを用いた「アパガード」が実用された後、一気に攻勢をかけるべく当時の年商7億円の半分をテレビCMを中心とした広告料に注ぎ込んだ大胆さ。

「忍耐」と「大胆」という、大きな二側面について、佐久間社長から大切なものを学ぶことができました。佐久間社長、どうもありがとうございました!!